【風立ちぬ】知ると怖い「来て」の意味…菜穂子が二郎を誘ったワケ

優秀な飛行機設計者の堀越二郎と、その妻で結核を患う菜穂子。

菜穂子の死までわずかな時間しか残されていない中で、2人がどこまでも健気に生きる姿が何とも切ない「風立ちぬ」。

舞台も戦前から戦時中と何かと落ち着かないご時世であることからも、美しいストーリーであるにもかかわらず心穏やかに観ることが難しい作品ですよね。

そんな「風立ちぬ」にはいろいろな憶測が飛び交っているのですが、ヒロインである菜穂子のとあるセリフが映画ファンを議論に巻き込んでいます。

それは、彼女の「来て」というセリフ。映画そのものでは正式には1回ですが「実は2回使われているのではないか」と噂されているのです。

これは一体どういうことなのか?

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菜穂子の「来て」…最初のシーンは2人の結婚初夜

まず、1つ目から見ていきましょう。最初の「来て」は、二郎と菜穂子が結婚して一夜目のシーンで使われています。

一度会ったことはあるものの、数年ほど接点がなかった2人。お互いに気にかけていたこともあって、偶然再会するとあっさりと婚約を果たします。

結婚したその夜、2人が眠りにつくシーンで菜穂子が二郎に向かって「来て」と言います。

布団に入って発せられたセリフなので「夜の営み」を示唆するシーンなのではないか、とファンの間で話題になりました。

スタジオジブリの映画ではほとんど大人的シーンが登場しない傾向にある中で、あれほど率直にその雰囲気を伝えたシーンは珍しいとも言われます。

しかも男性からでなく女性である菜穂子からの誘いなので、時代が時代だけに驚いてしまったファンも多いことでしょう。

とは言え、当の菜穂子は結核を患っていました。今でこそ適切な治療と闘病生活を行えば快復や寛解が可能な結核も、当時の医療レベルでは難しい状況にありました。

そんな事情があったからか、二郎は戸惑って「だけどお前…」と返し、電気を消します。

その後2人が本当に大人の関係に至ったのかはハッキリと伝えられておらず、カモフラージュされた形となりました。

ということで、1つ目の菜穂子の「来て」は夜の営みを示唆する意味があったと考えられています。

2人を取り巻く事情や時代背景も相まってだいぶ生々しいシーンになりましたね。

 

「来て」は別のシーンでも使われていた?「風立ちぬ」の怖い話

「風立ちぬ」の映画では、菜穂子によるセリフ「来て」は1回しか使われていません。結婚したての「その夜」のシーンで使われたと言うことですね。

正式には1回のはずなのに、実は2回使われていたとファンの間で話題になっているのです…

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SNSや掲示板でも活発に話題になっていることを考えると、同じように疑問を持つ人が多いのでしょう。

それも「風立ちぬ」のラストで菜穂子が二郎にささやく「生きて」が、「来て」になっているとも言われます。

菜穂子を失って悲しみに暮れる二郎の心に強く響いた、彼女の「生きて」というセリフ。

また生きることは、この映画のメッセージになるくらい大切なポイントなのに、何を根拠に「来て」と考えられるようになったのか?

実は菜穂子の死を受け入れた二郎も、近いうちに天国に旅立つ設定だったと囁かれているのです。

これに関してはファンによる憶測が強いことから、なかなか解釈が容易ではありませんが…

 

「来て」の意味は、菜穂子による天国からの誘い?

「風立ちぬ」の主人公、二郎は飛行機の敏腕エンジニア。彼の腕前と頭脳は非常に優秀で、入社数年で責任者に選ばれるなど前途洋々な印象がありましたね。

二郎が飛行機の設計にあれほど情熱を注いだのは、綺麗な飛行機を作りたいと思ってのことでした。

とは言え、当時は戦前から戦時中の話。彼が手がける飛行機はどうしたって戦争に利用される他ありません。

菜穂子との結婚生活が疎かになりかけるほどに熱中した飛行機の設計。それは皮肉にも、物騒な時代のために利用されてしまいます。

その結果、日本は戦争で悲惨な結末を迎えて最愛の妻・菜穂子まで失うことに…二郎の心はとかく打ちのめされました。

自身の設計した飛行機が間接的ではあるものの、大惨事を招いてかけがえのない存在を失った…

こんな悲劇が立て続けに起こっては平静でいられるワケがありませんね。彼は罪悪感と悲壮感に胸を痛め、すでに精神はズタズタでした。

西洋的な考えをすると、ラストでの二郎は地獄へ向かう途中であったとのこと。

しかし天国に向かう菜穂子からの許しを得て、ようやく彼女のいる天国に行けるようになったと考えられるのです。そこから「生きて→来て」になったんですね。

後ろ向きな気持ちに苛まれ、自身で命を絶つことさえ考えていた二郎。そんな状況を考えると「生きて」の方がまだ救いのあるセリフとして響くのかもしれません。

 

「風立ちぬ」の「生きて」は「来て」になるはずだった

実際に「風立ちぬ」のラストでは、菜穂子の「生きて」は映画製作の初期段階では「来て」になる予定だったとか。

これは映画製作時の裏話から来たもので、二郎役の声優を担当した庵野秀明と宮崎駿の後日談で明かされています。

最初はダンテの「神曲」をモチーフとしたセリフだったそう。

とは言っても「風立ちぬ」のキャッチフレーズは「生きねば」。ここで二郎まで天国へ旅立ってしまうと、物語としてのバランスが保てなくなりそうですよね…

そんな危惧があってか、「来て」が「生きて」に変更されたということです。

「人生はどんなことがあっても生きなければいけない」と考える宮崎監督にとって、「来て」では納得いかなかったのかもしれません。

実際にセリフの変更に対して、庵野氏と宮崎監督の間で多少のケンカもあったそうですから…セリフ1つにこれだけのこだわりを追求するあたり、さすがスタジオジブリと言ったところです。

「風立ちぬ」の中で2回使われたとされる「来て」。これに関する憶測はなかなか止みそうにありません。

腑に落ちない結果になりそうですが、ここは私たち視聴者が自身で受け止める他なさそうです。

いかがでしたか?機会があれば2通りの解釈を照らし合わせながら「風立ちぬ」をご覧になってみてください!

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